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頑張らないために頑張る

お客様の声に耳を貸すことと言いなりになることは違う

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僕はふだん怒ることはないのだが、ひさびさに憤りを感じている。

このニュースだ。

this.kiji.is

池袋マルイで企画していた「ふともも写真の世界展」が中止になったとのことである。理由は諸般の事情という発表だが、お客様からのクレームが入ったことだと推定できる。

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ふともも・・・

 

万人に合意を取ることは出来ない

ここで思うのは、最近のクレーム文化というかポリティカル・コレクトネスというか、ヒステリックに文句をいい連ねて自由を侵害する行為はいささか行き過ぎなのではないか?ということだ。もちろん少なからず規制は必要だと思うし「お客様の声」に真摯に向き合うことは大事なことだと思う。

しかし、だ。

普段、ユーザ企業 SE なんて仕事をやってたこともあり、この「お客様の声」というのはほんとに厄介なものだと身にしみている。

「前と比べて使い勝手が悪くなったから使えない」

「この機能が無くなると(年一回の)業務の手間が増えるからダメだ」

「(例外中の例外パターンで)これができていないのは欠陥だ」

そんな声ばかりである。

ユーザは文句を言う。百歩譲ってユーザとはそういう特性をもつロールなのだと納得することはできる。全てにおいてプロコンがあり万人が望むものを作ることは出来ない。どんなにはてなブログが優れていても(僕自身を含め)公式テーマ以外を使う人が多いように。

 

お客様の声に耳を貸すことと言いなりになることは違う

だが、僕が一番腹立たしいことは、ユーザ企業 SE には自社内の軋轢を回避するために、ただのクレームを仕様変更として要求する輩がいることである。一人二人ならカワイイものだが、実際の所かなりの割合でいるし、さらにいえばそういう人間が評価される。

気持ちはわかる。

システム部門にいるのはせいぜい数年だ。単純にお断り説明はメンドクサイし、なにより社内で軋轢を生んだら今後の会社人生に影響するかもしれない。チャレンジよりもトラブルを防ぎ、ただの御用聞きに徹するのがラクだというのは分かる。そこは僕も同意する。

だがクレームはクレームだ。システム開発は投資であるのに投資をムダにするのが正しい姿なのか。技術者の信念であり芸術とも言えるアーキテクチャを汚すのか。なにより、その軽薄な振る舞いがどれだけの人をデスマーチに追い込むのか。

「お客様の声」は大事だ。だがそれで信念を曲げてしまっては意味がない。

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かっこいいこと言っているけどさ。

ようは、ふとももが見たいだけでは?

・・・え?

・・ごめん、なに言っているかわからない(笑)

おわり