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「彼女は誠実な女だ」あなたは違和感を感じませんか?

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先日、このブログで「ふともも写真の世界展」が中止になったことを言及した。

www.hiizumix.net

言及した矢先、同じく池袋マルイで「百合展2018」も中止になったそうだ。

nlab.itmedia.co.jp

中止の理由は展示販売が難しいから。そして東京以外では開催するとのこと。報道発表されている理由が真因かどうかは分からないが、推して知るべしというところだろう。

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ふとももの次は百合・・・

こういったニュースをみると、なんだか生きにくい世の中になったなぁと感じる。それと同時に、昔に読んだ「差別感情の哲学」を思い出したのでツラツラ書いてみようと思う。

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

 

「差別感情の哲学」中島義道著

「差別感情の哲学」は哲学者の中島義道氏の著書だ。差別は普段なかなか口にできないトピックだが、さすがに哲学者だなぁと感嘆する内容で考えさせられることが多い。

まず冒頭、次のように始まる。

(前略)差別論関係の専門家の論文や著作が共通に有する色合いであるが、差別撤廃を疑いのない「公理」と前提し、現実がその公理からいかに偏向しているのか、われわれ人間の心の貧しさ・残酷さ・冷たさ・軽薄さ・狡さを徹底的に告発するものである。(中略)差別のない社会を実現することに依存はない。しかしそれに勤しむあまりに、人間の心のうちに潜む「悪」を一律になぎ倒そうとしてはいないか?

社会から差別をなくしていくことを肯定しつつ、そして差別がない社会というのは実は恐ろしい社会なのだと話は進む。徐々に差別の本質(他人に対する否定的感情だけではなく、自分に対する肯定的感情も)に切り込むとともに、正義の話や、わたしたちが普段気にすることのない差別感情を次々と明らかにしていく。気がついていない差別感情を指摘される体験は正直手厳しい。

 

突然だが、あなたは差別主義者だろうか?

きっと「違う」と答えるのではないだろうか。

僕も自分自身が差別主義者だと思っていなかったが、中島氏からは「それは欺瞞だ」とこれでもかこれでもかと、ガンガン叩きつけられる。

たとえば、

「彼はいい男だ」は「彼はいい人間である」という意味を持つ。ところが「彼女はいい女だ」は「性的にいい女」という意味にしかならない。「彼は誠実な男だ」はすんなりと理解できるが「彼女は誠実な女だ」には違和感を感じるのではないだろうか。

もしあなたが違和感を感じるならば、あなたにも差別感情があるのだ。

こういった普段の生活の中では自覚しないままでいる部分を、全く手加減なく情け容赦なくサディスティクに責めてくる。正直ツライ感じもあるが、モノの見方・世界の見方を広げるという観点では楽しい体験だ。なんといったらいいか。たとえば発展途上国に旅行にいくような気分だろう。不便さやツラさがあるのは分かっていても、そこに知らない世界があるというか。そんな読後感がある書籍である。

 

僕自身が欺瞞のまま生きている

「ふともも」も「百合」も、正義の名のもとに石を投げられ火炙りにされて血祭りにあげられていく。タテマエが正義となり魔女裁判が繰り返されていく。そんな狂信者たちの宗教儀式を見ているのはしんどい。

もちろんだからといって辞めろとも思わないし口を挟む気もない。新興宗教の狂信者たちに、あなたたちの正義は悪なのだといっても仕方ない。あなたたちの本質はナチと同じじゃないのか?と暴言をはいても誰も幸せにならない。まあ勝手にすれば良いのでは、で収めておきたい。

ただ「差別感情の哲学」で明らかにされたように、僕自身が欺瞞のまま生きていること。そして自己批判精神を持つのが大切であること。そんなことを思い出すキッカケになったことは良かったのではないか。

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ってか、単に百合が見たかったのでは?

・・え?(笑)

 

おわり。

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)