新鮮

頑張らないために頑張る

丸投げ、多重請負構造との出会い

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「東京よ、、、私は帰ってきた!!」

アナベル・ガトー並みに、心の中でそう叫んだのを覚えている。

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ガンダムオタク・・・

ちがうよ笑

感動した書籍 SE職場の真実 どんづまりから見上げた空 に触発された連載記事です。情報システム開発で不幸になる方を一人でも減らすため、ユーザ SE 体験を小説形式(フィクション多め)でツラツラ書いています。全編はカテゴリ ユーザ SE の真実

2004年春、東京に戻る

2004年春、僕は大阪から東京に転勤することになった。大阪は楽しい街だったが、組織統合により大阪部署が解体されるとのことで、以前より希望を出していた開発部門への異動が叶った形だ。

東京では代田橋に住んだ。新宿と明大前との間にあるマイナーな街で、東京の真ん中にもかかわらず閑散とした静かな街だ。駅周辺にはろくに店がなく日常生活に困ることもあったが、10 分も電車に乗れば新宿なので利便性はすこぶるいい。沖縄タウンという商店街があり、東京なのに沖縄風土がある独特な街でもある。

代田橋で気に入っていたことが 2 つある。

JK が大量にいたこと笑

沖縄タウンは専修大学附属高校の通学路になっていて、朝の通勤時には商店街全てが JK で覆われる。キャッキャウフフの光景だ。とはいえ、専修は真面目な学校で素行は良い。お化粧やミニスカといった生徒は極稀にしかいなくイカガワシイ雰囲気はまったくない。残念なことに特にエロいことはなかったが、陰鬱として会社に向かう日々のなか、一日の始まりがキャッキャウフフからだったのは少なからず精神安定剤になっていたと思う。

ネコが大量にいたこと笑

沖縄タウンの一角にはいつもノラネコたちがいた。ときには 10 匹程度かたまって日向ぼっこしていた。美ネコもいたし大きいネコもいた。あいつらにニャーニャーと声をかけるだけで楽しくなるのはなぜなのだろか。不思議なものだ。

 

情シスではないユーザ SE

4月がはじまり新しい部署に赴任した。

新しい部署は、とある NW 機器の開発部署内の小さな課で情報システム開発を行っていた。業界独自の変態機器や変態業務に特化した情報システムを開発する課である。一般的にこれらのシステムは業務支援システムだったり、OSS (Operation Support System) や BSS (Business Support System) などと呼ばれる。

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いわゆる情シス?

うん、そうかも。

僕の所属する企業にも情報システム部門、いわゆる情シスがある。情シスは、財務会計・契約管理・物流管理・営業支援・社内OAといった「どの業界のどの企業でもやること」を専門とする部門と位置付けられていた。極めて独特の文化をもち、ほぼ別会社だといっていい。

情シスがあるのに他部署でも情報システムを開発するの?と疑問に思うかもしれない。するのである。情シスにシステム開発を依頼しても一切言うことを聞いてくれないので、各業務部門が独自にシステム開発をはじめていき、ボトムアップ的に開発部門が点在する構造に落ち着いていた。僕が赴任したのはその点在する開発部門のひとつである。

 

ユーザ SE 誕生

赴任先の課長は不思議な方だった。

通例、課長は数年でローテンションするので基本的に腰掛けだ。その中でも、彼のモチベーションは、赴任期間中に重大インシデントを起こさないこと、社内に敵を作らないこと、数字目標を達成すること、それだけに特化していた。情報システムでなにかを成し遂げたいという想いはなかった。

イメージは大学教授にちかい。NW 規約の標準化活動などを行っていた方で、頭はよく、切れモノである。だが情報システムへの興味は一切なかった。おそらくプロトコル標準などを作っていた彼からすれば、情報システム開発などは所詮インプリの世界であり、下々の仕事なのだ、と思っていたのではないだろうか。

 

「2つのシステムを担当して欲しい」

そういわれた。

まずは NW 機器のトラヒックモニタ。全国津々浦々に存在する NW 機器の負荷状態をリアルタイムに可視化するシステムである。NW 機器故障時に迂回ルートを探すときや、迂回させた後の正常性確認に使うものだと説明された。

もうひとつは NW 機器の構成管理データベース。全国津々浦々に存在する NW 機器の構成データを管理するシステムだ。NW 機器がどこに置いてあるのか、どういう機器なのか、どの機器と繋がっているかなどを集約管理しているシステムだと説明された。

 

最初のお仕事

さて、最初のお仕事はトラヒックモニタの障害報告打ち合わせだった。

「障害報告?」

よく分からなかった。開発部署なら自分たちでプログラムを書いているはずなのに、なぜ外来用会議室で打ち合わせがあるのだろう?それに報告ってなに?まあ分からないが、とりあえず付いて行ってみることにした。

会議室に入るとスーツ姿のいかついオヤジ連中が鎮座している。名刺交換をするとどうも超有名メーカの部長・課長らしい。これはなんだ?圧迫面接でもはじまるのか?僕は何も知らないのだけど怒られるのか?と不安な気持ちになる。

「大変、申し訳ありません!!」

平謝りである。

僕がではない、オヤジ連中が、である。

今日来たばかりの20代の若者に、超有名メーカの部長・課長が頭をさげている。メーカの若い担当者が一通り説明し終わったあと「原因は?対策は?」とまくしたてる自社先輩社員、「申し訳ありません」を連呼するオヤジ連中。僕は全く発言もできず、この異様な世界を観察することしかできなかった。

丸投げ、多重請負構造に直面した最初の出来事である。

おわり。

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SE職場の真実 どんづまりから見上げた空

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